5時から作家塾

第5章  本屋の愛すべきお客様たち

6.子供もおじさんもおばさんも元気

◆お子様は天使か?

 週末の書店。
 それは「お子様天国」でございます。店内を縦横無尽に走り回るお子様たち、それは書店の風物詩。
 ……って、風流なこと言ってられるほどのどかな気分ではいられません。
 お子様は「ちびっこギャング」でございます。
走り回るのみならず、平台によじのぼり、平台から本を引きずりおろす。
 出版社から送られてくるハリボテ販促物にキック・パンチをかまして破壊しよります。本当に油断なりませぬ。
 さて、保護者は一体全体なにをやっていらっしゃる? と思っておりますと、案の上と言うべきか、熱心に自分の本を立ち読み中。お子様放置プレイですか。

 さて、よくお母さまが走り回る子供を怒鳴っている様を目にします。そこに、私はある種の法則みたいなものを発見いたしまして。
 それは、店内を走り回って母親に怒鳴られているちびっこギャングの名前がかなりの高確率で、
『ユウヤ』であるということ。どういうわけか、日曜日の店内では、「ユウヤっ!!」というお母さまの金切り声を聞く回数が多いような。
 しかも、私が異動する先々のどの店でも「ユウヤ」。
 何故だ。ユウヤという名前には、走り回らずにいられないDNAが宿っているとでも言うのか??
 とても不思議でございます。

 さてハナシは変わって、「子供のしたことですから」というフレーズがあります。天真爛漫・無邪気な天使のしたことは何でもお茶目・チャーミングなのだからおとがめなしで水に流しましょう。という寛大なフレーズです。
 そもそも、この言葉。書店という条件のもとに使われる場合の正しい用法は、書店員が「お子様のなさったことですからどうかお気になさらないで下さい」ではないかと思うのですが。
 ですが……。世間の親御さんは根本的に用法まちがっていらっしゃるようでして。
 あなたのお子様が店内販促物壊したと申しますのに、「子供のしたことですから」とそのままバックレようとするのは果たしていかがなものでしょうか? 疑問に感じずにいられません。
 したことですから、の後には隠し言葉として
「そんくらい大目にみてよ」という傲慢さが含まれています。
ミーイズム、ジャイアニズム濃縮度200%です。
 別に弁償せよとは言いません。なぜ、どうして、「すいません」の一言が出てこないものでしょうか。
 気が付いたら子供ハナシではなくて親ハナシになっておりますが。


◆おじさん・おばさんは今日も元気

 書店のお客の中で一番コアなひとびと。それは「おじさん・おばさん」でございます。
 たとえばですが、ビジネス街にある書店をごらん下さい。
 そこに見られる光景は前後左右どこを見渡せどスーツ姿のおじさん・おじさん・おじさん……。
 次は、ショッピングセンターのテナントで入っている書店をごらん下さい。
 同じくそこに見られる光景はどこを見渡せども、おばさん・おばさん・おばさん……。
 書店の売上のかなりの部分を彼ら・彼女らが占めていると言っても過言ではありません。
 私が書店員を続けていられるのも、こうして原稿を書いていられるのもこれひとえに彼ら・彼女らのおかげでございます。感謝感謝。
 実際、中高年はお金持ってます。年功序列の世の中、高い給料貰っているおじさんそしてその財布をしっかと握るおばさん。
 彼らは欲しいものがあれば、気分ののおもむくままに、といったらオオゲサですが、いや、それに近い位気前の良い方々でございます。売り上げUPには中高年対策を、という感じですか。

 と、ここまで書いていると本当に良いことずくめなありがたい方々のように感じますが、実際問題には、何かこう、あの〜もう少しなんとかならんもんでしょうか? と思わずにいられない問題点をかかえた方々も多いのであります。
 以下に、書店店頭でよく見受けられる書店員が常日頃「何とかならんのか?」と苦々しく思っているおじさん・おばさん像を記します。

「書店におけるちょっと困ったおじさん像」
@ おじさんは「ポケットに両手を突っ込んだまま」平気で人に物を訊く
A おじさんは探しもしないですぐ店員に場所を訊く。
B そして、「いや〜全然わかんね」と訊いてもいないのに言い訳する。
C 自分が買おうとしている雑誌を「ドンッ!」と勢いよくカウンターに投げつけるように置く。
D そして、投げつけるように代金を支払う。
E または、小銭をカウンター上に「ザアアアア……」っとばら撒く。
F 「カバーはお掛けしますか??」と聞いても返答なし。
G レシートは叩き返す。又は自分の買った雑誌で祓い返す。
H 「後ろ」では無く、「横に」並ぶ。
I 帰り際に、素敵な加齢臭を残していく。
J レジの店員を「ニイチャン」若しくは「ネエチャン」と呼ぶ。
K 雑誌を立ち読みする時、ページをめくる際に指を舐める。
L 同様に支払い時も財布から札を出す時、指を舐める。
M 時々、店の置くから「カア〜〜ッ」というタンを切る声がする。
N 自分の嗜好に合う本が無いと、怒り出す。
O レジが未だ打ち終わっていないと言うのに「幾らだ??」と訊く。

「書店におけるちょっと困ったおばさん像」
@ オバサンは店に入るなりカウンターへ一直線ストレートイン!
A 自分で探さず「○○どこ?」と何のためらいも無く店員に訊く。
B それ自体は別に構わないのだがお願いだから接客中なのに堂々と横に入り込んで来て当たり前のように訊くのはやめとくれ。
C そしてオヤジとの共通点「あのね〜、全然わかんないのさ〜」と聞いてもいないのに言い訳。
D 会計時ゆっくりと小銭を一枚一枚用意し、そして会計終了後も一手順ごとに確実にゆっくりとゆっくりと片付ける。たとえ後ろにどんなにお客が並んでいようとも。
E タメ口率高し。
F 複数で来店すると通路が塞がる。
G 何より訊いてくるにも肝心の書名とか何も解らないことがほんとに多い。

 まあ、書きたい放題書いてしまいましたが、誤解のなきよう。すべてがすべて、このようなおじさん・おばさんばかりではございません。ジェントルマン・レディーなお方も多数いらっしゃいます。ただ、ただ上に列記した方々が余りにも目立ちすぎるだけなのでございます。
 彼ら、彼女らはひとことで云うなら「自由奔放で厚顔無恥、天上天下唯我独尊」という感じでしょうか。
 さらに云うならば「私のモノは私のモノ。あなたのモノは私のモノ ヴィヴァ! ジャイアニズム!」
ってとこでしょうか。

 まあミーイズムというか感情赴くままに、の自由奔放ぶりが逞しくもありときには迷惑でもあったりするのですが、実際、彼ら彼女らに支えられている部分が大きいことは間違いありません。
 ここでおじさん・おばさんたちに「毎度ありがとうございます」とお礼の言葉を。
 と、柄にもなく丁寧に締めてみたりして。


◆割り込み・ショートカットは日常茶飯事

 さて、おじさん・おばさんという人たちはなぜに「ショートカット」なるものを多用なさるのでしょうか?
 ショートカットというのは、レジにならんでいる列を完全無視し、いきなり最前列にやってきて、横から「○○どこ?」とか訊いてくることを指します。
 これはどういうワケか書店ではやたら多く、しかもこれをされるお方は99%ほぼ間違いなく中高年、つまりおじさん・おばさんなのでございます。

 彼ら・彼女らは店内に入るなりカウンターへ何の迷いもためらいも無く一直線ストレートイン。
そしておもむろに「女性自身どこ?」又は「週刊新潮どこ?」などと横からいきなり剛速球を私に投げてまいります。
 おじさん・おばさんというひとたちは視角10度外のものが全く見えなくなるという特徴をどうやらお持ちのようで、例え私が別のお客様の応対をしていようとも、例えどんなにその後ろにお客様の列が出来ていようとも、剛速球を投げるのを止められません。
 私はこの場合先のお客様の応対中でありますので「少々お待ち頂けますか?」と懇願するのですが、それを聞いたおじさま・おばさまたちはまるでご自身が無視されたかのごとく不服な表情をお見せになられます。
 自分が割り込みをしているということは完全に棚にあげて……。なんて理不尽な。
 しかもその時のおじさん・おばさんの立ち位置は、前のお客様のすぐ横30センチもありません。つうかヒドイ場合にはべったりととなりのお客様にはりついておられます。
 もう他人のパーソナルゾーンを侵食しまくりです。「ここはあなたの空間、パーソナルゾーン」というものの定義がえらく狭い範囲なようでして。

 で、その女性自身やら週刊新潮ですが、どこにあるのかと言えば何のことはない
カウンターの目の前、ちょっと見渡せば視界に入る実にわかりやすい所にあるもんです。
 それを彼ら・彼女らは自分で探すことを初っ端から放棄し、私どもに教えろとのたまうのです。いえ、これは本来は私ども書店員の任務ですから「はい喜んで」とすぐさま売場へ走るのが筋なのですが、ですが……。別のお客様の応対中にもそれを強要するのは勘弁願いたく……。
 ああ、ジャイアニズム。
 さて、目的の品を見つけてからも「おじさん・おばさんパワー」はさらに炸裂しまくります。
 週刊誌の類は売場の一番わかりやすい場所に置いている書店が多いというのに、それでもなお
「いや〜、どこにあるんだかさっぱりわかんないんだよね〜」
 などと軽いジャブを。で、おじさんは週刊新潮を手にレジへやってまいりました。まいりましたが……。
 またしても、おじさんは私の前に整然と並んでいるお客様の列を完全無視し、脇からグイっと週刊新潮を私に突きつけるように差し出します。
 声にこそ出さずとも、『ホレ!』というニュアンスがそこにはプンプンと溢れております。その仕草が妙に板についているお方がなぜか多く、つまりはいつでもどこでも私流はショートカット、というやつでしょうか。

 お願いです。レジへと向かう道は追い越し禁止の一車線でございます。切にお願い申し上げます。

◆暴走するおじさん

「危険物取扱者」の参考書を手にしたあるおじさんがレジへとやってまいりました。
 ここまでは別段特筆することもないごく普通のおじさんであったのですが、お会計の最中にこのおじさまのブレーキが外れてしまいまして。
 何を思ったか店中に響きわたる大声でお叫びになられました。

「いいか、この不況の時代、のほほんとマンガなんか読んでいたらダメだ!!」
 あの〜ぉ、店内でマンガ雑誌立ち読みされているお客様たくさんいらっしゃるんですけど……。あなたの理論ではそこに居られる方みんなダメな人なのでございましょうか? 甚だ失礼なハナシでございます。

「この時代、手に職をつけなければダメだ!! いいか、わしゃ〜この他にイッパイ資格もっとんじゃ!! ワッハッハハハ……」

 ……このおじさま、まさに「ブレーキの壊れたダンプカー」と化せられまして。
 どうにも止められないこのおじさん。私はついに「放置プレイ」を決め込むことを決心しまして、即別のお客様の接客に移ったのでございました。
 危険物取扱者の参考書以前にアナタ自身が危険物ではないかと思うのですがいかがでしょうか。


◆嗚呼ヨッパライ

 私の店はツ○ヤ系列でございまして、本のほかにビデオ・CDレンタルも取り扱っております。
 このレンタルというものが本当に本当にクレームが多いんでございます。毎日毎日大小さまざまなクレームが勃発しております。クレームの無い日なんぞございません。あったとしたらそれは定休日……。その件数は書店でのクレームをはるかに凌駕いたします。
 なので、レンタルビデオ店の店長というのは、クレーム対応係と言っても過言では無いでしょう。「店長出せ・責任者出せ!」
 と言った罵詈怒号が頻繁に飛び交います。また、時にはヤクザ屋さんの車に乗せられ拉致られそうになったり、果ては「埋めるぞ!」と脅されたりと生命の危険にすらさらされることもございます。まさに店長職は命がけ。

 そんなある日、レンタル売場にて
「責任者出せ!」
 という怒鳴り声が。
 あいにく店長も、レンタル担当社員も不在でしたので、私が馳せ参じましたが、
 どうやら借りたビデオの画像が芳しくなく、楽しめなかったということで……。
 お怒りはごもっともでございます。早速別の商品とお取替え、と相成りましたが、このおじさんと来たら私が代替のビデオを用意しているときにこう申されました。

「もしこんど見れなかったら"オマエをぶっ殺す"」

 ……ひえええ。私ぶっころされるワケですか。思わず頭の中に「殉職」という2文字が浮かびました。そこから連鎖的に松田優作扮するジーパン刑事が「なんじゃこりゃあああ」なんてシーンも。
 なぜこのような局面で想像力豊かになるものか……。
 つうか、おじさん。ぶっ殺すなんてセリフ。立派な恐喝・NGワードでございますが。まあヨッパライだったようで(酒臭し)。しかも視線も宙を泳いでおりました。
 酒の勢いにまかせての発言だったと思いますが、これがシラフでの発言だとシャレになりませぬ。

 2003年春。私はまだ殺されることもなく、こうして元気に働き、原稿を書いております。生きているってスバラシイ。

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