5時から作家塾

第4章 書店の法則

1.昨日までここにあった本ないんですけど……

「昨日までここにあった本ないんですけど……」
 というのはよく店頭にて受ける問い合わせ。書店業界の永遠のテーマでございます。
 それは、書店員が「もうこの本は売れないだろう」と見切りをつけ、返本してしまった翌日に往々にして発生するのでございます。
 もしかして本は自分の意思っていうモノを持っていて、書店員を振り回し意地悪しているのでは無いのか? ええ? どうなんだ?? と問いただしたくなるくらいに、このようなシチュエーションは、本当に本当に多いのでございます。
 以下に、商品であるハズの本たちに振り回されている書店員の実態を紹介したいと思います。

◆最後の1冊は売れない

 平積みでいい調子で売れていた本が、ラストのこり1冊になると、ピタっと売れ行きが止まってしまう、ということはよくあることでございます。平台に20冊積まれていた本が、まるで雪だるまにヤカンの熱湯を掛けるように、平積みが見る見るうちに低くなるくらいに売れ売れだったと思いきや、最後の1冊になると「ピタッ」と動きは止まってしまい。見向きもされないという哀しい事態に陥ってしまうのでございます。
「なら、また売れるように補充して、平積みすればいいだろう」
 と思われるでしょうが、これがまたそういった邪な?気持ちでもって補充注文して再度平積みすると、こんどはサッパリ売れねぇ! ということが往々にしてあるから困りもの……。もしくは残り1冊だと見向きもされないが、補充分が入荷してドーンと平積みを再開すると、皆一様に何かを思い出したがごとく、またしてもあれよあれよと売れまくり、そしてラスト1冊でピタッ。何でだ!

 やはり最後の1冊というのは、余りモノに過ぎないのでありましょうか?!
 ここをお読みの皆様のなかにも雑誌・コミック・書籍など平積み商品を買うとき、立ち読みで手垢が付いた・あるいは表紙のくたびれまくった本を嫌ってか、「上から2冊め」を抜き取られる習慣をお持ちでいらっしゃる方は多いと思われます。が、これが最後の一冊になると、その下から抜こうと思うと平台自体を抜き取らなければならず、
「そんな重いもん持てるかよ!」となるワケで、つまり最後の一冊は哀れ残るという運命となるのでございます。もしかしたら最後の1冊は、実は「一番上」にあった本なのかも知れません。
 そして人知れず棚ざしへ……。

◆返本しようとすると、売れ出す

 きっと、「返さないでくれ〜。わたしゃまだまだ終わってないぞ〜」という本のささやかな抵抗のサインなのではないのでしょうか?
 本というやつは実はもの凄いエスパーで、書店員の心の内を読むことが出来るのかも知れません。

「もうこの本は売れんだろう」
 などと我々が見切りつけようものなら、その本は近くにいる適当なお客様に、「お願い買って買って」オーラを発し、無意識のうちに手に取らせレジへと向かわせる――つまり売れてしまうのではないだろうか? と勘ぐってしまいたくなるくらい本当に摩訶不思議な現象でございます。

◆返本すると、聞かれる・注文が入る

 これも日常的によくあることでございます。我々書店員は、日々襲ってくる新刊の洪水を処理しなければなりません。日曜や盆正月を除く毎日毎日、200点あまりの新刊本が発行されております。全部が全部ではございませんが、私の店にもおびただしい点数の新刊本が押し寄せてまいります。
 当然書店の陳列スペースは物理的に限りがございます。
「今日はいつもより新刊点数が多いから、今日の棚は3メーター延長で行きましょう」
 なんてことがあろうハズもなく……。という事は今日入ってきた新刊本を出すために、どれかの本をお払い箱に(つまり返本)しなければならないのでございます。
 で、ある本を売行きはもうストップした、つまり終わったと判断し、「ご苦労さん」と返本してしまいますと、
「すいません、昨日までここにあった○△という本、もうないんですけどどこにいっちゃったんですか?」
 な〜んてコトを訊かれてしまうのでございます。ああ何やってんだ私。もちろん返しちゃいました、なんてことは口が裂けても言えませぬ。それは「アナタが欲しがっている本はもう時代遅れのツマラナイ本なのですよ」と言外に言っているのと同じでございますので。
 で私は、
「こちらの本はお取り寄せとなりますがよろしいでしょうか?」
 な〜んて言いながら、再度客注扱いで取寄せし、出戻りして来たその本に「ああ、おかえり。またお会いしましたね」と思いつつも、返品した本を再度取寄せする効率の悪さに自己嫌悪。
 書店の現場では、日常的によく起こっている現象でございますので、本は見つけた時が買い時と言えましょう。まさに「一期一会」「タッチ&バイ」の精神で臨んで下さいまし。

 書店員としては、この非効率極まりない摩訶不思議現象が怖いがために、今一歩返品に踏み切れないところが往々にしてございます。
 世の中には「いつか使うかもしれないと思っているものは、本当に使う事はまずない」という法則がございますが、書店はちと違います。
「いつか売れるかも知れない本は、本当にいつか売れるかも知れない」
 という全くもって困った法則が存在するのでございます。書店員が優柔不断に陥る場面です。

 ああ困った……。この本1冊余ったから返したいけど……。
 そう。書店員はお客様・出版社・取次のみならず、棚に置かれた本とも駆け引き・手の内の探り合いをしているのでございます。

◆注文の本はキャンセルした翌日に入荷する

 皆様が書店々頭にて本を注文される際、
「2〜3週間かかる場合もありますがよろしいですか?」
 などと書店員に念押しされることが大層多いのではないかと思われますが、いかがでしょうか。
 この所要日数2〜3週間というのは、とくに地方書店においては業界基準・デファクトスタンダードとなっておりますが、その根拠はこの業界のあまりにも前時代的な商品流通システム、そしてそれに幾度も幾度も裏切られ続け――つまり本が来ない! とかいう注文事故――書店業界の流通システムにあきらめと失望の念を含んだ、「何かあってもこの期間ならギリギリで対処可能では?」という安全マージンをも内包した日数、それがお約束の2〜3週間なのでございます。
 ま、中にはホンとにマジで素で2〜3週間掛かる出版社もございます。とくに「地方小出版扱い」なんてあたりは鬼門でございます。

 注文するお客様の方も、書店々頭ではなぜかしら、
「ああ、仕方ないですね。わかりました」
 などと納得・妥協してしまいがちなもの。
 冷静に考えますと、ネット書店が24時間で発送などと謳っております昨今、こんな非常識なコトが果たしてあってよろしいものなのか。しかし、だがしかし、どういうワケか不思議なことに、書店々頭でのお客様は2〜3週間という所要日数に、何ともうしますか、寛大というか、あまり異議を唱えられません。これぞ書店々頭マジック?(違うって)。

 しかし、本来本というものは読みたくなったら今スグ読みたい、というのが人情でございます。至極あたりまえのハナシでございます。
 家に帰って、冷静になってから、
「ちょっと待て、2〜3週間なんてとても待ちきれないよ〜」
 と、我に返るお客様というのもまた多いのでございます。書店には時間感覚をマヒさせる不思議な空気でも漂っているのでありましょうか?

 そして、そのようなお客様はいてもたってもいられずに、注文した翌日から、「昨日注文した本いつ入るの?」なんて、連日書店に電話してしまったりするのでございます(毎日毎日というお方はあくまでも少数ですが)。まあ、注文した本を待つまでの日々というのは、それこそ筆舌に尽くしがたい待ち遠しい時間だと思われますが。

 そして、待つというコトの限界点に達してしまわれたお客様は、「キャンセル」という強行手段に及ばれるのでございます。思うのですが、書店業界ほどお客様の注文品キャンセルに寛大な業界は無いのではなかろうかと。まあ、これは「何月何日に確実に入荷しますっ」と、断言できる仕組みにならないと絶対直りませんな、きっと。

 そして、あろうことかその注文の本は、キャンセルした翌日にのこのこと我が店に入荷してくるのでございます。私は幾度「遅せーんだよ!」と、本に向かって、いや、版元・取次に向かって叫んだことでしょうか。
 ああ、前もって翌日の入荷分が分かるものなら、お客様に「ちょっと待って〜」と言えようものでしょうが。
 で、前日にキャンセル喰らって、のこのこと翌日入荷してきた本がツブシが効かない、つまり店頭に出しても売れる見込みのない本だったり、あるいは買い切り返品不可の出版社だったりして、情けなさのあまり泣けてくるのでございます。

 あと、1日ガマンして下さい。切にお願い申し上げます。

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