5時から作家塾

第2章  本屋のデキゴトいろいろ

4.「大・小」サマザマ

◆トホホバイト面接

 書店というのはバイト先としては中々に人気が高いようです。本の虫なお方ならば本に囲まれて働ける書店はまさにパラダイスでありましょう。また、活字中毒者のみならず、本はそれほど……、という方にもなぜか人気の高い職種であります。どうしてかと考えてみますと、世の中の多くの人々は書店に対して、
「楽チンそう、簡単そう、なんか楽しそう、レジにいるときは本でも読んでいれば良さそうだし♪」
 というお気楽なイメージをもっていらっしゃるのではないか? などと勘ぐってしまう私でありますが、あながち間違いではありますまい。

 そんな理由からか、ウチにお客様で来ている方がバイト面接にやってくる、ということが比較的多いのでございます。多いのですが……。

 その1:とある高校生男子
 彼は驚いたことに、保護者であるところの「お母さま」と一緒にやってまいりました。まだ世間の荒波にもまれたことの無い純白・ウブな高校男子とは言え、お母さままで一緒にやってくるのは果たして如何なものかと。
 面接官である私が
「希望の勤務時間は? 土日は働けますか?」
 などと質問をするも、答えるのはお母さまで……。
 貴女に訊いているのではありません。息子さんに訊いているのです。
 しかし、どんな質問を振ろうが答えるのは母親ばかりなり。当の本人である息子クンはメドゥーサの首でも突き付けれたかのように、ただただ石のように貝のように押し黙るばかり。その場で微動だにせずカチンコチンに硬直しておりました……。

 その2:とある女子高生
 って、高校生ばかりのような気もしますがそれはさておき、私のもとに
「バイトしたんですけどぉ」
 という電話が掛かってまいりました。
 電話での第一印象はさほど悪くありませんでしたので、
「では面接の日程を……」
 と私が切り出しますと、彼女は、
「ちょっと待ってくださぁい。今トモダチと変わりますので」
 ……"連れション"ならぬ"連れ面接"というやつですか。トモダチと一緒という時点でハッキリ言って働くということをナメくさっておりますが。
 本来ならば1人で面接にも来れないお方はペケなのですが、どういう訳か今回は「2人セットで」採用となりまして。……我が店よほど人が足りなかったようで。
 しかし、この女子高生たち。何につけても「セット」でなくては行動出来ないのか、シフトも2人一緒じゃなきゃ嫌などとのたまひける。ここは学校の部活じゃありませんつうに。結局1ヶ月程で2人ともフェイドアウトですが。

 その3:いい年してプータロー
 以前、私の店で『湘南爆走族愛蔵版』が完結せぬまま発行が停まっていることに腹を立て、
「最後まで読めねーじゃんかよー! どーしてくれんだよー」
 などとクレームというにもおこがましい言いがかりをつけてきたという前歴がある、ヤンキー兄ちゃんがいらっしゃいました(こういった理不尽な言いがかりを付けるお方は、間違いなく店の"要注意人物"ブラックリストに載っております)。

 そんな彼が何を思ったのか、私の店に面接にやってまいりました。勝負服です。スーツです。一張羅です。しかしそのスーツたるや「紫」……。
 紫とはいえど、農家の青年が農協青年部員の結婚式に出席するために買ったような、バブル後期流行調の薄紫ソフトスーツではなく、細身のシルエットの50'sテイスト漂うロカビリーなスーツ。一体こんなスーツどこで売っているんだか。髪形はバシッとリーゼント――そういや最近、伝説のロックバンド「キャロル」のベスト盤が発売されましたね――それはさておき、面接中彼の全身からはむせ返るような芳香が立ちのぼっておりまして。どうやら面接前に、早く着いたからと文具コーナーで勝負香水を購入した模様。気合の入れどころ著しく間違っておりますが。
 私はその勝負香水(多分セクシーボーイ・キムタクご愛用)の芳香にむせ返りながらもなんとか面接を……。しかし、彼はツッコミどころ満載でありました。

「レジが苦手なのでレジ担当はやりたくありません」
 書店員がレジやらずに何をやるというのか。

「土日は彼女と遊びたいので休ませて下さい」
 どこの世界に土日しっかり休んで遊ぶサービス業従事者がいるものか。

「最近ここしばらく仕事してなかったので、いきなりはキツイので最初は短時間にしてください」
 この不況の時代、「バイトでも良いですから何でもしますから何とか働かせて下さい」という方が沢山いると言うのに、彼を敢えて採用する理由はどこをどうひっくり返せば出てくるものでございましょうか。

 そんな彼は不採用と知ると、
「何故ですか? どこがイケナイんですか?」
 と突っかかってきました。トホホなお方ほど自分がなぜ不採用なのか解っておりません。頼む、解れ。

◆許すまじ万引き

 書店の天敵。それは「万引き」でございます。何といっても書店の経営を揺るがす驚異的な存在。ここに驚くべき数値を記してみます。某大手チェーン書店の年間の万引き額は、何と!「年間7億円」也。7億円ってあーた、そこそこの規模の書店の2年分の売上が、天敵の悪行によって消えていくワケでございますよ。とても出来心で済まされる問題ではございません。
 そして、捕まえたときは「即、警察・学校・職場へ通報」という厳しい姿勢で臨まなくてはなりません。下手に温情を掛け、結果万引き犯にナメられるようなこととなりますと、そこのお店は万引き犯の口コミパワーにより、絶好の万引きパラダイスへと変化。実に年間8%のロス率を出して廃業した書店もあるそうです。ああ恐ろしや、くわばらくわばら……。

 例外なく、私の書店にもにっくき万引き犯はやってまいります。
 いつぞやは、『ジョジョの奇妙な冒険』あたりを棚一段分くらいゴッソリとやられましたし……。つうか「気づけよオマエ」な感じですが。

 勿論、いつも毎回毎回逃がしてばかりと、我が書店そこまでマヌーな書店ではございません。こっそりと本を隠し持ち、外に出たと見るや、我々男子社員のダッシュ、大捕物はスタートするのでございます。私の店には以前、かなり血中濃度の高い男子スタッフがおりまして、万引き犯を500メートル近く全力疾走で追いかけ、捕まえるやいなやぶ厚い「月刊少年マガジン」で頭をしこたまブッ叩くといった、おいおいちょっと待てそれはやり過ぎとちゃうか、という武勇伝もございましたが――つうか「月刊少年マガジン」にはそんな使い方もあったのか、と思い知らされたものですが。
 いや、本当はあまり深追いするのは好ましくありません。この物騒なご時世であるからして、店員が刺されるという可能性も無きにしも非ず。また、最近は逃げた万引き犯が電車にはねられるといった不幸なケースもございます。こうなったら世間から非難を浴び、責任を問われるのは書店ですから……。《書店員が悪い訳ではなかろうに!(編者 注)》

 つうか、タチの悪いのはむしろ分別をわきまえている筈の大人だったりするのでございます。いつぞや捕まえた中年男の万引き犯は、なんと服の中にハードカバーの文芸書を2万円相当分隠していたというツワモノでありました。あまりにも不自然な着膨れぶりにあっけなく御用。マヌーなやつでございます。

 ある日、ダンディな雰囲気漂う、「サライ」あたりが愛読誌という感の初老男性が店にまいりました。とても万引きなぞとは無縁の紳士的な方でいらっしゃいます。実際読まれる雑誌も「鳩よ!」「別冊太陽」あたりがお好きなご様子で。
 しかし、ちょっと待てこれは「クロ」なのではないか? と思わずにいられない部分をお持ちの方でございます。

  @来店時、空の紙袋を持参して入店。
  A帰るとき、どういうワケか紙袋がイッパイ。

 などと、不審さ満点。このときは確固たる物証もなかったので、泳がせておりましたが、次の来店時はしっかりとマーク。そして、袋に入れる瞬間をキャッチ! あえなく御用となった次第。
 しかも嘆かわしいことに、罪の意識の薄いこと薄いこと。我々が事務所にて、動機など問い詰めるも、開き直るばかりでございまして。私はアメリカ人のように「Oh〜No〜」のポーズを決め、警察が来るのを待ち続けたのでございました。

◆黄金色

 師走も押しせまったある日のこと。店に1本の電話が。その電話の主は開口一番に、
「ウコンあります?」
 と。私はあまりにも予想外の大暴投に頭ン中は「???」。
<ええと、フレデリック・フォーサイスか。違う違うそれは『イコン』だっつうの>
 と、独りボケ独りツッコミを展開。
<えっ? まさかウンコ? いや、それはありえん>
 同時に、大阪の某ホテル前に置かれている、黄金色の例のオブジェが脳裏に浮かんでまいりまして。ということは私の頭の中ではあのオブジェは「ウンコ」と認識しているということか?
 茫然自失とする私に痺れを切らした電話の主(おばあさん)はこう続けられました。
「ほら、あれさ、タクアン漬けるときに使うあのウコンさ!」
 タクアンって……。
「えっ? おたく○○薬局じゃないの?」
 違います。ちなみにその○○薬局と、私の勤めている書店とは紛らわしいくらいに名前が似ております。おばあさまが間違い電話されるのもムリは無く。つうかおばあさん、間違い電話なら「すいません」のひと言くらいあっも良いのではなかろうか。それが大人の嗜みというもんで(意味不明)。

 ウコンこそ置いてないものの、「イミダス・知恵蔵・現代用語の基礎知識」なら漬物石がわりに使えますが。

◆トイレにまつわる話

 書店と切っても切れない密月の関係にあるもの――それはトイレ。そのトイレにも様々なドラマは存在するのである。
 って、一体どうしたんだ? という書き出しですが、まあまあ書店のトイレっつうものは何故にこうも事件発生率が高いんでございましょうか。まさにミステリートライアングル(意味不明)。
 私がいた書店の中で、個室が壁を挟んで男子用・女子用が隣り合わせ、というタイプのトイレがありましたが、この手のトイレといえばそう、お決まりのように現れる輩がいらっしゃいます。
 そう、「覗きたい」ただその一念のためにキリか千枚通しのような鋭利なモノで「ノゾき穴」を築き上げる輩。
「オマエは"ショーシャンクの空に"のアンディかよ!」
 と突っ込みたくなることこの上ないのでございますが。いや、これはリッパな器物損壊罪でございます。穴を埋めども埋めどもさらに空けやがる、といういたちごっこは果てしなく続くのでございます……。

 その次はと言いますと、「ラクガキ」。もう文字通り便所のラクガキレベルの低俗なイタズラ書き。消すほうの身にもなっとくれ。
 しかし、たま〜にここにリクエストを書きこむ方もいらっしゃいます。
 なになに、
「もっと"ホモ雑誌を置け! ここらへんにもちゃんとホモは居るのだぞ」
 貴重なご意見ご要望ありがとうございます。つうか、「さぶ」辺りは毎月平積みで、ほも、もといほぼ返品無しの完売状態なのですが……。それよりも私、書店員生活も13年にもなろうかと申しますのに、レジでホモ雑誌を販売したことなぞ通算2回くらいしかないのでございますが。一体、誰がいつ買っておられるのだ。

 閑話休題。ラクガキ程度ならまだカワイイモンでございます。
 え〜ここから先は次に挙げる方々は読まれないほうがよろしいかと……。
  @お食事前、あるいはお食事中の方(特にカレー)
  Aお上品な方

 さて、世にも恐ろしい事件ではございますが、「ウ○コ」の話でございます。これを続けて読まれる勇者は心して読まれたし。
 先ずはジャブ。主に和式便器でたま〜に「ストライクゾーン」をお外しになられる方がいらっしゃいます。そう、便器の少し後方に「ウ○コ」がオフセットされて……。

 まあ、これは軽い部類でございますが、次にへヴィーなオハナシをば。
 ある日、私がレジで作業をしておりますと、アルバイトが血相を変えてすっとんで参りました。
「トットットイレが大変なことに……」
 一体全体何事かと向かってみますと、件の男子トイレは……。
 壁一面・床一面に「ウ○コ・ウ○コ・とにかくウ○コ」が塗ったくられまくっておりました。一面黄金色に染められた我が店のトイレの変わり果てた姿に、
「一体これは何かの前衛アートか、それとも何か店に対する抗議の印か」
 などと考える気力すらなく、我々は涙目になりつつもそれを片付けたのでございました。しばらくカレーは喰えません。

 さて、へヴィーなお話しのクールダウンにこんなエピソード。
 トイレ絡みのクレームでこんなことがございました。そのデキゴトの直前に、我が店男子トイレの便座のプラスチック部分が少し割れていたようなのですが、トイレを利用した若い男性客がこうのたまわれました。
「便器が割れてて、『ケツの肉』が挟まったじゃねーか」
 いや、リッパなクレームなのでございますが、そこはかとなく漂うマヌケさは隠しようも無く……。

 お下品なお話しで失礼致しました。

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