5時から作家塾

3.夜〜怒涛のレジ

 さて、夕方からは書店が最も賑わう時間。これからはとにかく売って売って売りまくり。まさにレジ・レジ・レジ・そしてまたレジ。
 ああ〜そこの週刊ポスト持ったおじさん! 割り込むなぁぁ〜。

◆怒涛のカバー掛け

 カバー。カヴァーだと「木綿のハンカチーフ 椎名林檎」になってしまうのでカバー。

 書店員の常套句のなかに、「カバーお付けしますか?」ってやつがございます。文芸書・新書・文庫などを販売する際は100%必須になっているトークです。まあ雑誌を売るときにはカバーなんて訊きませんが。いや、たまーに「雑誌にカバーを付けてくれ」などと無理難題を課せられ、包装紙でせっせとカバー作成したりする事もあるにはあったりですが。

 しかし、文庫3冊程度とかならごくごく普通にこんなトークも出来るのですが、これが文庫10冊以上とかになると少しばかり問題でございます。
「カバーお付けしますか?」
 というトークは必須であり、書店員としては義務でありますので訊くのですが、この場合の「カバーお付けしますか?」というトークには言外に、あるいは行間に、
「まさか全部カバー付けてなんて言わないよね?!」
 なんて隠し言葉が含まれていたりします。もちろんカバー掛けてと言われれば10冊だろうと20冊だろうと30冊だろうと一生懸命カバー付けますとも。ええ! 付けますとも。
 と、一生懸命にカバーを掛けていると気が付きゃ後ろは、列・列・列……と言う事態は日常茶飯事。

 それにしてもカバーを付けている時のお客様の視線と来たら、どうしてこうも鋭く険しいのでしょうか? 一挙手一投足箸の上げ下ろしまで監視付き。まるでこちらは「蛇に睨まれた蛙」の気分でございます。まさに針のむしろ状態。
 お買い上げの文庫本〆て15冊全部同じカバーで、果たして一体どれがどの本だか判らなくならないもんなのでしょうか?!

 大体大量にカバー付けている時はこんな事考えております。(私だけ?)

◆お客様への入荷連絡

 さて、夕方6時以降になりますと、お客様も仕事を終えられ帰宅。在宅率も高くなりますので、定期購読や取り寄せ本の入荷連絡をはじめます。
 昨今はメールなども普及してまいりましたが、まだまだ基本は電話連絡。

 電話連絡も、注文された本人が出られたならこんなに早いことはございません。用件は確実に伝わります。って注文した本人ですからアタリマエのおハナシでございますが。
 問題は、本人がまだお留守で、やむなく家族の方に伝言を、となった場合。

「老人子供には気をつけろ」
 これが我々の合言葉。この種の方々は一筋縄にはいきません。

子供「……(電話口にてフリーズ)。ぼく、よくわかんな〜い。」

 老人の場合。
私 「○○書店と申しますが……」
老人「え゛? あんだって?? わしゃー耳が遠くてよく聞こえないんだぎゃぁ〜」
私 「○・○・しょ・て・ん・です!(一字一句明解にスタッカートで)」
老人「あ? 本屋さんか。ウチの◇◇に何か用かね?」
私 「◇◇様よりご注文いただきました△△という本が入りましたとお伝えいただけますか?」
老人「あ゛? あんだって?? もう少しゆっくり言ってもらえんかのう」

 △△に相当する書名が例えば『糖尿病食事療法のための食品交換表改訂6版』のような長ったらしいものであったり、『ボボボーボ・ボーボボ』みたいなワケワカランものだったらもうお手上げ。

 しかもこういう場合、ちゃんと本人に伝わってないっつうことが本当に多いんでございます。まさに家庭内伝言ゲーム。

 家族のコミュニケーションは密にとりましょう。切なるお願いです。

◆図書券包装の恐怖

 書店員は3月から4月にかけての入園入学シーズン、あるものの脅威に恐れおののいております。それは……。「図書券1000円分を"100組"包装して下さい。」
 というやつです。「ありがとうございます」と、応対する書店員のカオが心なしか引きつっております。 
 ピーク時になれば、それが1件のみならず何件も何件も何件も立て続いてやってくるのでございます。気が付きゃ「図書券包装の合間に本を売っている」という体たらく。

 まさに、
「包装! 包装! レジっ!」
「図書券! 図書券! 雑誌っ!」
 包めど包めど出口の見えない図書券スパイラル。レジは皆一様に殺気立っております。一触即発一歩手前。

 この時期の書店員、かなり神経過敏というか感性研ぎ澄まされておりまして、お客様が図書券の「と」の一語を発する前に
「もしかして、図書券?」
 なんて読めてしまうんでございます。いきなり現れては「図書券1000円分を100組包装お願い。急いで!」
 などとのたまうお客様を前にしては心の中で、
「頼む。頼むから前もって電話しといておくれ!」
 などと叫んでいる私でございます。

 そして、数日後、その図書券を手にした少年・少女たちがやってくるのでございますが、それで『ONE PIECE』や『フルーツバスケット』の最新刊買うのならともかく、
「図書券で一個60円の消しゴム買って、オツリの437円ゲット」というのは一体全体いかがなものなのか? コレって教育上アリなのか? と、お兄さんはギモンに感じてしまうのでございます。どうなんでしょ。

◆そして、蛍の光〜閉店

 怒涛のレジを延々とこなしまして、気が付けば本日の営業終了間近。
 店内を見渡してみれば、まあまあまあ、素性のよろしくなさげなヤンキー兄ちゃんのすわり読み天国。
 彼らは、「BURST」あたりの雑誌を広げては、
「コレスゲェー!」
 などと雄叫びを上げられます。
 床にべったり座りこんで完全通行のジャマ。私が注意しに行きますと、
「ンダヨ、イチイチウッセーナ!」
 などと逆ギレなされます。
 そして今度はコミックコーナーにて「ビリッ!」とシュリンク袋を破ってはコミックを立ち読み……。

 蛍の光の流れる閉店間際の店内。いつもこのような感じでございます。
 そして閉店。すぐさま「お疲れ様でした〜」などと、すぐ帰ることが出来るワケでもなく、せっせと古い雑誌を抜き取り、返本作業を地道にこなし、それが終われば本日の売上日報作成が待ちかまえております。そしてわたくしのような書店正社員はいつも店を出るのは一番最後。カギを閉めて外にでてみると……。
 あらら、駐車場ではものものしいVIPカーをズラリと並べたヤンキー兄ちゃんたちが愉しそうに談笑しておられます。そんな彼らの間を縫って私はいそいそと帰途へ……。

 あーぁ、好きな読書の時間も無く。そして無限ループの如く、1.へと戻るのでございます。

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